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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)247号 判決

神奈川県中郡大磯町大磯一三四二番地

原告

太田倶資

右訴訟代理人弁護士

青柳昤子

美勢克彦

同 弁理士

鈴木正次

山梨県東八代郡中道町上曽根字朝日四〇一一番地

被告

株式会社 宗家日本印相協会

右代表者代表取締役

坂本尚光

右訴訟代理人弁護士

三宅正雄

同 弁理士

櫻井守

"

主文

特許庁が昭和五四年審判第一三三九号事件について平成元年九月一四日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者が求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、別紙に表示されているとおり「印相学宗家」の漢字五文字を縦書きして成り、旧第六六類「印刷物」を指定商品とする登録第四二六五二四号商標(昭和二七年三月一九日商標登録出願、昭和二八年六月一三日商標権設定登録、昭和五〇年八月一日及び昭和五八年九月一九日商標権の存続期間の更新登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。

被告は、昭和五四年二月一四日、本件商標の商標登録を取り消すことについて審判を請求し、昭和五四年審判第一三三九号事件として審理された結果、平成元年九月一四日、「登録第四二六五二四号商標の登録は、取り消す。」との審決がなされ、その謄本は同年一一月八日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本件商標の構成及びその指定商品は、前項記載のとおりである。

2  審判請求人(以下「被告」という。)は、左記のように主張した。

本件商標は、継続して三年以上、日本国内において、商標権者又はその許諾を受けた使用権者によつて、その指定商品について使用されていない。この点について審判被請求人(以下「原告」という。)が提出した文書は、いずれも指定商品についての本件商標の使用を立証するものではない。すなわち、甲第四号証(本件訴訟における書証番号。以下に摘示する書証も、本件訴訟における書証番号をもつて表示する。)は、商品との関連及び作成年月日が不明である。なお、甲第五号証、第一四号証及び第一五号証(枝番を含む。)における「印相学宗家」の表示は、著者である原告の肩書きを表示するものであり、また、甲第六号証ないし第一三号証(枝番を含む。)における「印相学宗家」の表示は、原告が本件商標の商標権を有することを読者に紹介するものにすぎず、いずれも、特定の印刷物の出所を示すものとして記載されているのではない。

3  原告は、左記のように主張した。

本件商標は、現にその指定商品について使用されているのであるから、被告の審判請求は認められない。すなわち、甲第四号証は、原告の著書である「印章の吉凶の解説」(以下「本件印刷物」という。)を頒布又は送付する際に用いた紙袋の表面の写しであつて、この紙袋が「印刷物」の包装に用いられていたことは明らかである。なお、甲第五号証(枝番を含む。)は、本件印刷物の表紙、奥付及び裏表紙の写しであつて、昭和五〇年一一月三日改訂新版の本件印刷物に本件商標が表示されている。甲第六号証ないし第一三号証(枝番を含む。)は、本件審判の請求前に刊行された週刊誌であつて、それらに掲載されている本件印刷物の広告に本件商標が表示されている。また、甲第一四号証及び第一五号証(枝番を含む。)も本件審判の請求前に刊行された雑誌であるが、原告の肩書きとして「印相学宗家」との表示が用いられている。以上のとおり、本件商標は、原告の氏名と同様の出所表示機能を有し、本件印刷物についてもその出所を表示するものとして用いられていたのである。もつとも、右のような本件商標の使用は、「印刷物」の主題としての表示ではないが、あたかも商号商標のように、「印刷物」の出所を表示するものとして用いられていることは疑いがない。

4  そこで考えるに、甲第四号証は、太田清文(前の商標権者、かつ、前の審判被請求人であつて、原告は、相続によつて商標権者かつ審判被請求人となつたものである。)の著書である本件印刷物を包装するための紙袋であるが、その製造年月日及び使用時期が不明であり、この点について原告は何ら立証していない。また、甲第五号証、第一四号証及び第一五号証(枝番を含む。)は、本件印刷物の著者である太田清文の肩書として、「日本印相学会会長」の文字と併せて「印相学宗家五世」の文字を表示したものであつて、これをもつて「印刷物」の商標として本件商標が使用されているとはいえない。なお、甲第六号証ないし第一三号証(枝番を含む。)には、太田清文が本件商標の商標権者である旨が記載されているにすぎず、これによつて本件商標がその指定商品について使用されている事実が立証されるとはいい難い。

したがつて、原告は、本件審判請求の登録前三年以内に本件商標をその指定商品について使用をしていることを何ら立証していないというべきである。

5  よつて、本件商標の商標登録は、商標法第五〇条の規定によつて、取り消すべきものである。

三  審決の取消事由

審決は、審判手続において提出された文書の証拠判断を誤つた結果、本件商標は本件審判請求の登録前三年以内にその指定商品について使用されていないと誤つて判断したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。

1  甲第四号証の文書が本件商標の商標権者であつた太田清文の著書である本件印刷物を包装するための紙袋であることは、審決も認定するところであるが、同号証によれば、右包装用紙袋に本件商標が附されていることは明らかである。

そして、原告が審判手続において提出した甲第六号証ないし第一三号証(枝番を含む。)は、昭和五二年五月ないし昭和五三年九月当時本件印刷物の宣伝が盛大に行われていたとの事実を証明することによつて、その期間に本件印刷物が継続的に販売され、したがつて甲第四号証の包装用紙袋もその期間継続的に使用されていたとの事実を、間接的に証明するに足りるものである。

2  のみならず、本訴において提出する甲第一七号証及び第一八号証によれば、甲第四号証の包装用紙袋は、昭和五〇年一一月ころから昭和五四年ころまで松永印刷株式会社から太田清文に納入され、その期間、太田清文によつて昭和五〇年一一月三日改定出版に係る本件印刷物の包装用紙袋として継続的に使用されていた事実は明らかである。

第三  請求の原因の認否及び被告の主張

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三は争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

1  審決は、「原告は、本件審判請求の登録前三年以内に本件商標をその指定商品について使用をしていることを何ら立証していない」と認定判断しているのであつて、「本件商標は審判の請求前三年以内にその指定商品について使用されていない」と認定判断したものではない。したがつて、たとえ原告が審決取消訴訟において新たな証拠を提出援用し、その結果として本件商標が本件審判請求の登録前三年以内にその指定商品について使用されていたことが証明されたとしても、審決が違法となるいわれはない。

2  原告は、甲第四号証の文書を「包装用紙袋」と称しているが、同文書の使用態様及び使用時期が明らかでない以上、同文書が商標法第二条第三項にいう「包装」に該当すること、及び、それが本件審判請求の登録前三年以内に原告の商品である印刷物について使用されていたことが証明されるとはいえない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらをここに引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

なお、成立に争いない甲第二号証(商標登録原簿謄本)によれば、本件商標は昭和二八年六月一三日に太田清文を商標権者として商標登録されたが、昭和五九年一月二〇日同人が死亡し、その権利は原告によつて相続承継されたことが明らかである。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いない甲第四号証によれば、同文書は右下に表示した本件商標(ただし、横書き)の下に「刊行図書」と表示し、左上に「書籍小包」と表示した用紙であることが認められる。したがつて、同文書は、本件商標の商標権者の刊行に係る書籍を包装するための用紙であることが明らかである。

そして、成立に争いない甲第五号証の一及び三(昭和五〇年一一月三日改定新版「印章の吉凶の解説」の表紙及び奥書き)、並びに、いずれも公証人によつて認証を与えられているので真正に成立したものと認められる甲第一七号証(松永印刷株式会社の代表取締役松永敬三の報告書)及び第一八号証(原告の報告書)によれば、前出甲第四号証の用紙は、松永印刷株式会社が、本件商標の商標権者であつた太田清文の依頼によつて、同人が刊行する書籍を包装するための用紙として製造し、昭和五〇年一一月ころ以降同人に納入したものであること、松永印刷株式会社は、その後も、同用紙の左下に印刷されている電話局番を変更したのみで同様の体裁の用紙を製造し、太田清文に納入していたこと、本件商標の商標権者であつた太田清文は、昭和五九年一月に死亡するに至るまで、甲第四号証の用紙(あるいは、左下に印刷されている電話局番が変更されているのみで、右下に本件商標(ただし、横書き)が表示されている点においては甲第四号証の用紙と同様の体裁の用紙)で、その刊行に係る書籍「印章の吉凶の解説」昭和五〇年一一月三日改定新版を包装し、継続して販売していたことを認めるに十分である。

したがつて、本件商標は、本件審判請求の登録(前掲甲第二号証によれば、昭和五四年四月四日)前三年以内に、商標権者によつて、その指定商品である「印刷物」の包装に附される態様で使用をされていたことは、疑いの余地がない事実というべきである。

2  この点について、被告は、「審決は、原告は本件審判請求の登録前三年以内に本件商標をその指定商品について使用をしていることを何ら立証していない旨を認定判断したのであるから、たとえ原告が審決取消訴訟において新たな証拠を提出援用して本件商標が本件審判請求の登録前三年以内にその指定商品について使用されていたことを証明したとしても、審決が違法となるいわれはない」と主張する。

しかしながら、商標法第五〇条第二項本文の規定は、昭和五〇年法律第四六号による改正によつて、不使用による商標登録取消の審判を実効あらしめようとする立法の趣旨に鑑れば、「登録商標の使用をしていることを被請求人が証明しないこと」ではなく、「登録商標の使用をしていることが認められないこと」を商標登録取消しの要件とする趣旨にほかならないと解すべきであるから、商標登録取消請求審判の被請求人が、審決取消訴訟において、新たな証拠を提出援用して「登録商標の使用をしていること」を証明することを制限しなければならない理由はない(東京高等裁判所昭和六二年(行ケ)第六〇号・昭和六二年一一月三〇日判決・審決取消訴訟判決集昭和六二年第一二三七頁参照)。

したがつて、被告の右主張は採用することができない。

3  以上のとおりであつて、原告は本件審判請求の登録前三年以内に本件商標をその指定商品について使用をしていることを何ら立証してい左いことを理由として本件商標の商標登録を取り消すべきものとした審決の認定判断は、結論において誤りとせさるを得ないから、審決は違法なものとして取消しを免れない。

三  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 春日民雄 裁判官 岩田嘉彦)

別紙

〈省略〉

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